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しほんたいへいき

私本太平記(四)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(四)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 229,324 字 · 458 頁

青空文庫

と、お独りごとみたいに、

「春の夜だ。そぞろ歩きにそこらの磯まで出てみようと思う。下郎、供をせぬか」

はや、松の木の間を彼方へ歩いておられたのである。

能登は身を起した。しかし、どういうものか、せつなをつかんで抜打ちに跳びかかる気も、失っていた。虚をつかれた戸まどいを、とりもどすひまもなく、つい曳きずられて行くような恰好をぜひなくしていた。

とはいえ、それも、数十歩のことでしかない。

能登は何度も息をのんだ。餌にかかる豹そのままな腰を見せて、先を行く背へ、白刃の一颯をふくみかける。――けれどそのたび、帝の眸は故意か偶然か、後ろをふりむいて、彼の手もとをじっと射た。お声もこぼれた。

「能登、能登。……まだ早い。逸まらぬが身のためぞ」

そして、誰へともなく、

「まあ、おちつけ」

木の根にお腰をすえてしまった風なのである。能登にはいよいよ相手がわからなくなっていた。何もかも知りぬいているようであり、知っていないようでもある。

「みかど……」

ひからびた声が、すでに殺意に晦んだ非人間性そのものだった。能登は帝の影と共に、いちど地へ膝をおとしたが、すぐ膝歩きに、帝の方へ太刀のつかがしらと一つに迫っていた。