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けんのよんくんし
剣の四君子・日本名婦伝
吉川 英治
Read 剣の四君子・日本名婦伝 (けんのよんくんし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 150,635 characters · 306 screens
五
木刀の一面には、
――人の短をいわず、己れの長を不説
と刻し、裏の一面には、
――人に施して念とす勿、施をうけて忘る勿
と自刻の銘を彫っていた。
そして、門下には常に、
「怖いのは驕慢だ。増長だ。心にいささかでも、驕傲のヒビが入れば、百年鍛錬の道業も一朝に崩廃し去る」
と云っていた。
弟の謙三郎の養子先でありまた、師にも外祖父にもあたる高橋義左衛門は、ようやく老齢になったので、師範にたえず、弟子とその道場とを挙げて、
「後事をたのむ」
と、静山に譲って隠居した。
それからは、高橋謙三郎も、親しく兄の静山について、槍法の教えをうけていた。
この頃、やはり静山の所へ、よく武道をただしに来る真面目な青年があった。後の山岡鉄舟であった。
母の亡い後は、静山の妹の英子も一つ棟に来ていた。英子は、やがて鉄舟の夫人となった女性である。その頃から道場でよく顔は見合せたが、お互いの生涯をどっちもまだ予感していなかった。
この一家には、ただ武道の光あるばかりだった。
何といっても静山が柱だった。
弟の養祖父に仕えては飽くまで礼と誠に篤く、亡き父母には孝養の限りを尽したし、弟妹には情けぶかくて優しかった。