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けんのよんくんし
剣の四君子・日本名婦伝
吉川 英治
Read 剣の四君子・日本名婦伝 (けんのよんくんし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 150,635 characters · 306 screens
三
つい先刻までは、その人々の鋭い気合だの、床を踏み鳴らす響きがしていたが、今来てみると、みな追い返したのか、寂として人影もない、また足脂に磨かれた広い板敷にも、塵ひとつ見えず、ただ何処からか映す春の陽が長閑に斜影をながしている。
「お。これは」
伊勢守は、そこにただひとりで坐っている宗厳のすがたを見ると、自分もひたと坐って、礼儀をした。
宗厳も、遠くから頭をさげた。
軽い挨拶がすむと、上泉伊勢守から起って、物腰しずかに、
「では」
と、支度をうながした。
三
木剣と木剣である。木剣はすでに真剣にひとしい。それが仕合を約して立ち対った際はなおそうである。打ち所が悪ければ死にもする。腕を折られ、脚を挫き、生涯の不具者となる例などはめずらしくない。
危険に対して何ら約束のない仕合。それがその頃の仕合だった。
「…………」
伊勢守は、まず宗厳が、どの程度に、身を捨ててかかっているか。それを木剣のさきから観るような眼ざしであった。
かりそめにも宗厳は一城の主である。多くの眷族も養っている当主だ。必死と口にはいうものの、どれほどに、その身分や俗念が捨てきれているか?