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けんのよんくんし

剣の四君子・日本名婦伝

吉川 英治

Read 剣の四君子・日本名婦伝 (けんのよんくんし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 150,635 characters · 306 screens

Aozora Bunko

師匠とどんなはなしをして帰ったのか」

「知らぬよ」

しかし善鬼は、典膳のことばまで、ほんとにしない顔つきであった。

七

一刀斎は、ようやく、病床を離れた。一雨ごとに葉の落ちてゆく晩秋の巨木に似ている。典膳は、この土用に向って、師の健康が案じられた。

「江戸の埃は、馬糞臭うてたまらん。安房の海辺へでもゆこうか」

師弟三名、また黙々と、旅へ出かけた。八、九年も前は、一日に山や峰を踏みあるいても十五、六里から時には二十里もあるいた一刀斎も、近頃は、一日七、八里も歩くと、

「典膳。宿をとれ」

と、命じる。

そこにも、あらそわれない師の老齢が想われた。

下総の国へはいった。相馬郡の小金ヶ原に近い寺に泊った。馬の尿を嗅いで農家の蚤に喰われたり、下の竈で焚く煙にいぶされながら木賃の屋根裏で寝るときよりも、寺に泊って寝られる夜はもっとも恵まれた晩である。折から小金ヶ原の野末には白い月が出ていたし、一刀斎も病後初めて、

「ああ、こよいは快い気もち」

と、心から夜の涼味をたのしんでいた。

そのうちに、善鬼に向って、

「蚊遣をもっと焚け」

と、命じ、また典膳に向っては、

「すこし善鬼とはなしたいことがあるから、おまえは庫裏なと本堂へなりと行って、すこしこの座を遠慮しておれ」