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けんのよんくんし
剣の四君子・日本名婦伝
吉川 英治
Read 剣の四君子・日本名婦伝 (けんのよんくんし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 150,635 characters · 306 screens
九
真偽のほどは分らないが、生兵法の秀忠が、夜ごと、城外へ出て、黒衣覆面し、無辜の往来人を辻斬して、ひそかに楽しむというのを聞き、忠明が、わざと彼の徘徊する濠端に夜行し、その斬って出るや、児戯をあしらう如く脚下にねじ伏せ、懇々、これを懲して放したというような話すら遺っているほどである。
また、両国橋の畔に、飛入り剣術の小屋掛があった。見物人のうちに交じっていた次郎右衛門忠明が、時折、苦笑をするのを見て、その興行者たる自称天下無双の兵法者が、
「笑うからには、腕に覚えがあるからだろう。これへ出て、衆人の前で、何が故に、俺の剣術がおかしいかを、実際に証拠だてろ」
と、忠明へ喚きかかった。
忠明は、心得たりと、わざと大刀は門弟にあずけ、鉄扇ひとつ携えて、衆人環視のまん中へ出て行った。
相手はもう大刀を抜いてふりかぶりながら待っている。見るからに眼も眩みそうな大業刀である。次郎右衛門忠明は、そのまえに立って、鉄扇をさし向けると、
「その恰好は何か。それが笑わずにいられるか」と、云ってまた笑った。
「何をっ」
と、怒りにまかせて大刀を揮り落したとき、どうしたのか、天下無双の先生は、片足を高く揚げ、頭を低く地へ突くように、と、と、と、と三つ四つよろめいていた。