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しんしゅうこうけつじょう

神州纐纈城

国枝 史郎

Read 神州纐纈城 (しんしゅうこうけつじょう) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 188,242 characters · 380 screens

Aozora Bunko

第一回

一

第一回

一

土屋庄三郎は邸を出てブラブラ条坊を彷徨った。

高坂邸、馬場邸、真田邸の前を通り、鍛冶小路の方へ歩いて行く。時は朧ろの春の夜でもう時刻が遅かったので邸々は寂しかったが、「春の夜の艶かしさ、そこはかとなく匂ひこぼれ、人気なけれど賑かに思はれ」で、陰気のところなどは少しもない。

「花を見るにはどっちがよかろう、伝奏屋敷か山県邸か」

鍛冶小路の辻まで来ると庄三郎は足を止めたが、「いっそ神明の宮社がよかろう」

こう呟くと南へ折れ、曽根の邸の裾を廻わった。

しかし、実際はどこへ行こうとも、またどこへ行かずとも、花はいくらでも見られるのであった。月に向かって夢見るような大輪の白い木蘭の花は小山田邸の塀越しに咲き下を通る人へ匂いをおくり、夜眼にも黄色い連翹の花や雪のように白い梨の花は諸角邸の築地の周囲を靄のように暈している。桜の花に至っては、信玄公が好まれるだけに、躑躅ヶ崎のお館を巡り左右前後に延びているこの甲府のいたるところに爛漫と咲いているのであったが、わけてもお館の中庭と伝奏屋敷と山県邸と神明の社地とに多かった。

「花を踏んで等しく惜しむ少年の春。灯に反いて共に憐れむ深夜の月。