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しんしゅうこうけつじょう
神州纐纈城
国枝 史郎
Read 神州纐纈城 (しんしゅうこうけつじょう) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 188,242 characters · 380 screens
五
かつて一度も外寇を受けない、信玄治下の甲府城下は、思いもよらない悪病のために、苛まれなければならなかった。
たった一晩のその中に、幾十人人が仆れたろう。
迂濶に歩いていた旅人は、旅人に縋られて介抱した。で自分も病人になった。
病人が病人を拵えて行った。
呻吟の声、詛いの声、詈る声、悲しむ声――四方の辻で聞こえていた。
夜はもうかなり深かった。そうして今夜は月がなかった。星の数さえまばらであった。
信玄公のお館ばかりは、寂然と静まり返っていた。
夢見山は東南に聳え、躑躅ヶ崎は東北にあった。
山々は黒く落ち着いていた。
だが町々は発狂していた。
それは「赤の恐怖」であった。
群衆の逃げる音がした。それが家々へ反響した。何かに驚いて逃げるのであった。
と、また集まる足音がした。大勢一所に塊まらなければ、恐ろしくて恐ろしくてならないのであった。
「どこへ行った?」
「どこにいる?」
「何んだ何んだ! 何があったのだ!」
雨戸がバタバタと開けられた。窓がガラガラと開けられた。
反対に雨戸の閉じる音がした。閂を下ろす音もした。
雲を洩れた大きな星が、お濠へ影をうつしていた。