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しんしゅうこうけつじょう
神州纐纈城
国枝 史郎
Read 神州纐纈城 (しんしゅうこうけつじょう) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 188,242 characters · 380 screens
悪病の持ち主纐纈城主が、自分の躰から発散する、嘔吐を催させる悪臭を、防ごうための匂いである。
部屋は城主の居間である。
部屋の中央、海に向かって、纐纈城主が腰かけている。纐纈布で作られた鎧直垂は着ているが、鎧は着けてはいなかった。
顔は海の方へ向いている。しかし本然の顔ではない。鉛色をした仮面である。
月が空に懸かっている。蒼褪めた深夜の月である。なかば開けられた露台の扉から、風と一緒に月の光が部屋の中へ射し込んでいる。
部屋には一基の燭台もない。光と云えば月光ばかりだ。
鉛色をした仮面の奥から、城主の声が聞こえて来た。無表情の声である。仮面のように無表情である。無表情の声の冷酷さ! しかし多くは説明しまい。
「後夜の鐘の鳴る頃だな。幸福な人達の熟睡時だ。……お前どうだな、睡くはないかな!」
誰かに話しかけているらしい。するとすぐに返辞がした。
「いいえ睡くはございません。ちっとも睡くはございません。不思議なことに今夜は漸次眼が冴えるようでございます」
声の主は女であった。若い美しい女であった。わざと月光の射さない隅へ、躰を寄せて腰かけていたので、今まで姿が見えなかったのである。