Read classic Japanese books with furigana
ja-reading.com
Read classic Japanese books online with furigana. Filter by JLPT level, tap a word for the meaning, and translate a sentence.
しんしゅうこうけつじょう
神州纐纈城
国枝 史郎
Read 神州纐纈城 (しんしゅうこうけつじょう) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 188,242 characters · 380 screens
第六回
一
第六回
一
高坂甚太郎を乗せたまま赤い帆の小船は駛ってゆく。微風が湖上を吹いている。赤い帆が揺れてハタハタと鳴る。甚太郎は愉快そうに歌を唄う。いざ鳥刺が参って候……好きな鳥刺の歌である。三人の水夫は黙っている。木像のように物を云わない。ただ時々微笑する。気味の悪い微笑である。
振り返って見ると富士の山は、広茫たる裾野の空高く、巨人のように立っている。厳かではあるが険しくはない。それは君子の姿である。じっと甚太郎を見送っている。
「行くな行くな、帰って来い。そっちには危険が待っているぞ」こう云ってでもいるようである。微風に揺れる裾野の花は、虹を天から持って来たようだ。船が進むにしたがって、その虹の色は茫然とする。進み進んで赤帆の船が、水蒸気の厚い壁の中へ、全く姿を隠した時には、もうその草花の虹の色はすっかり薄れて見えなくなった。船の周囲を飛び廻わりながら、どこまでも従いて来た水禽も、水蒸気の壁を境いとして、船を見捨てて翔け去って行った。
船はずんずん駛って行く。厚い水蒸気の壁の中を。……甚太郎の躰はしっとりと濡れた。水蒸気のために濡れたのだ。どっちを見ても濛々と白い水蒸気が立ちこめていて、文字通り咫尺を弁じない。