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けんのよんくんし
剣の四君子・日本名婦伝
吉川 英治
Read 剣の四君子・日本名婦伝 (けんのよんくんし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 150,635 characters · 306 screens
「わしが石の舟となったのは、わしが生い立頃から近年にいたるまで、世は乱麻のごとく、武門の道も、生きる道も、洪水のような濁流に侵され、正しく道をとろうにも、正しく進めず、正義にあろうとすれば、滅亡か餓死しかないような時代であったからである。――いわばこの石の舟は、洪水の濁流に、狡く韜晦して来たのじゃ。かくせねば、とうに柳生家そのものは、水泡の如く、亡び去っていたかもしれぬ。……いや七百年来のわが家も、この辺りのすでに亡き土豪の如く、過去の土中へ葬られ去ったにちがいない。石の舟なればこそ、貧しくとも、今なお、有る所にこうして有ることができたのじゃ。……柳生城この山に、消えずにあるこの団欒の燈火は、わしの眼には、むしろ奇蹟とも見える」
そういう述懐をしたことがある。
宗矩も五郎右衛門も、頭を垂れて、聞き入っていた。――わけて多感な兵庫利厳などは、
「祖父様は、お辛かったでしょう。口惜しいことが、幾度もあったでしょうね」
と、幼い胸にも、祖父の忍苦の生涯を思いやって、すすり泣きをし始めた。
「兵庫は、たのもしいやつ」
孫は可愛いいものという。老龍石舟斎も、眼のうちにも入れたそうな程、兵庫は愛していた。