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しんしゅうこうけつじょう

神州纐纈城

国枝 史郎

Read 神州纐纈城 (しんしゅうこうけつじょう) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 188,242 characters · 380 screens

Aozora Bunko

帆綱を握れ! 方向を変えろ!」

そこで船は岸に添い、輪なりに先へ駛って行った。

「やあ兎だ! 刎ねてらあ!」

甚太郎は嬉しそうに手を拍った。岸の枯草の間から、栗色の兎が飛び出して、灌木の茂みへはいったからであった。

栗の木では栗鼠が鳴いていた。腐木の洞では山猫が、何かに向かって唸っていた。

「おっ、変な船が流れて来らあ」

こう叫んで指差した。

古び穢れた独木船が、水に引かれて濛気の方へ、ノロノロとたゆ気に流れていた。

赤帆の船と独木船とは、次第次第に接近した。そうして素早く擦れ違おうとした。

独木船の船底に、若い侍が仆れていた。蒼褪めた顔、落ち窪んだ眼、血にまみれた腕や足、呼吸のある人間とは見えなかった。

「おお可哀そうに、死んでるよ」

甚太郎は呟いた。しかしその時は赤帆の船は、数間の先を駛っていた。

距離が漸次遠ざかった。そうして間もなく独木船は、濛気に蔽われて見えなくなった。

微風。日光。野花。水鳥。山上湖の春は穏かであった。そうして何事もなかったのであった。

恐らく独木船は水に引かれ、纐纈城の水門へ、横附けされるに相違ない。そうしたら水門は開くだろう。