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しんしゅうこうけつじょう
神州纐纈城
国枝 史郎
Read 神州纐纈城 (しんしゅうこうけつじょう) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 188,242 characters · 380 screens
かも知れない」
鑿の鈍るような気持ちがした。
清水の滴る音がした。
滴水の音と鑿の音、それ以外には音がなかった。いや時々彼女の洩らす、溜息の声が聞き取られた。
今は戸外は昼かも知れない。洞窟の中は夜であった。戸外には日光が溢れていよう、洞窟の中は薄暗かった。草の芽、木の芽、昆虫の卵、戸外では発育していよう、洞窟の中の生物といえば、年齢未詳の月子ばかりであった。
鑿の運びが果取らなかった。
「考えてはいけない、考えてはいけない」
彼女は自分で自分へ云った。
考えられてならなかった。
「刹那刹那の心の動きで、悪人ともなれば善人ともなる。これはどうにも動かせない」
自分の心を考えて見た。
「妾の心にしてからが、そうでないとは云われない。一刻の間も半刻の間も、同じ状態でいたことはない。いつも動き移っている」
鑿が全く動かなくなった。
「考えてはいけない、考えてはいけない」
で、彼女は彫み出した。
だがやっぱり考えられた。
「極重悪人というような言葉は、内容のない形容詞で、そんな人間はこの世になく、自然そんな人相の、持ち主などもないのかもしれない。では今日まで待っていたのは、つまらない事と云わなければならない。