Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

ja-reading.com

Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.

にっき

日記

宮本 百合子

Lesen Sie 日記 (にっき) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 65.193 Zeichen · 131 Bildschirme

Aozora Bunko

六月二十日

天地がしめりぬき蒼くよどみ、あらゆる薫香や光輝や溌溂のない近頃、ペルシアの砂漠近くから来た人が、その気分だけでも病気になるのは、無理ない。

六月二十日(水曜)〔予記〕スーラーブ

小説を書くことと、論文を書くことの違いを非常に悟る。

小説を書く心持は、心にまるで底がないほど落ち切り、どん底で自在に動かなければならない。よいわるいではなく、よい、わるいと論じ得る根底の心を描くのだ。自分の感じでは棚がなく、泉のような感。

論文では、或地盤の上に、材料を、配列させ、その間を頭で、連絡させ、比較し、或ディシジョンを下す。これは底なしではいけない。小説を書くに、論文に用る Brain の力の入用なのは、総体のコンストラクションを定める場合と、深い感情に、適宜な言葉を持って来る場合。

元、物を書いて居た時、一時に、相当の量が書けたのは、頭のリズムによって、今の自分で考えれば、論文式にやって行ったからだ。

心持の必然の発展をトレースせず、ある筋を主にたどり、人間の心持はこれに適合させて行く。故に単純で、一から二へうつるのは筋の拡がりのみを意味したのだ。

自分が、論文を書くことをおそれ、且それ丈で満足出来ないのは、前に云った、論文には、棚がいると云う一点にある。