Japanische Klassiker mit Furigana
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おばけのしょうたい
おばけの正体
井上 円了
Lesen Sie おばけの正体 (おばけのしょうたい) von 井上 円了 (いのうええんりょう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 74.925 Zeichen · 145 Bildschirme
また、妖怪あるかと問えばないといい、ないかと問えばありと告ぐるは、アマノジャクのように考えらるる」と申すから、余はこれに答えて、「世間一般の妖怪とするものは妖怪にあらずして、世間一般の非妖怪視するところにおいて、かえって妖怪ありとの論なれば、あるいは矛盾の評を招き、あるいはアマノジャクの名を与えらるるかも知れぬ。しかし老子は、『愚者は道を聞きて大いに笑う。笑わざれば道にあらず』といい、また『言うものは知らず、知るものは言わず』とも説いている。この言も一応聞いただけでは矛盾、アマノジャクのようなれども、深く詮じきたらばそのしからざることが分かる。また、ある人の狂歌に、仏と凡夫との相違を挙げて、『釈迦阿弥陀うそいへばこそ仏なり、まことをいはば凡夫なりけり』と詠みたるものがある。これ、矛盾またはアマノジャクのようなれども、凡夫と仏とは真偽の標準を異にすることを知らば、その歌の道理あることが分かる。凡夫の心より真と思うことは仏の目にては偽と見、凡夫の偽は仏の真なりとすれば、釈迦、阿弥陀が嘘を言うとは、凡夫の所見より定めたるものに過ぎぬ。よって、その嘘は真の嘘ではない。