Japanische Klassiker mit Furigana
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のぶこ
伸子
宮本 百合子
Lesen Sie 伸子 (のぶこ) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 232.543 Zeichen · 466 Bildschirme
伸子は、自分が佃なしではやって行かれないのを知った。この、世界が空っぽになったような寥しさ、何をしても――路を歩いても、読んでいても――すべてはただ彼に会うまで、時間をつぶす方便だという感じ、空気まで妙に稀薄になったような息苦しさ。佃でない誰がこれを救ってくれよう。彼は、自分がここで、このように彼に憧れ、切ない思いをしているのを知っているであろうか。
伸子の眼の前に、佃の顔が浮び上った。だんだんそれは大きくなって来た。佃は、彼の、見馴れた古くさい山高帽を挙げ、伸子を見、近づき、よき微笑を洩した。伸子は、眼を瞑り、熱く、寒く、体じゅうで顫えながら、幻の佃を抱きしめた。彼の頬の感触……彼の唇――柔かい髪を撫でるとき掌につたわる、その手触り、伸子は呻くように彼の名を呟いた。
壁に頭を靠せかけ、恍惚していた伸子は、ノックの音で我に返った。
彼女は、いそいで両手の甲で涙に濡れた眼を擦った。
「お入んなさい」
しかし扉は開かず、外から受付の少女が叫んだ。
「お電話ですから、広間へいらっしゃって下さい」
「そうお、有難う」
誰から掛って来たのだろう。伸子は怪しみながら、気のない様子で身づくろいをし、階下へ下りた。