Japanische Klassiker mit Furigana
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にっき
日記
宮本 百合子
Lesen Sie 日記 (にっき) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 65.193 Zeichen · 131 Bildschirme
若しAが、一日に二時間、家庭の為に、全部の自己と云うものを和楽のうちに投げ出す人であったら、私の家庭生活に対する愛は、些か傷も負わずに育てられるに違いない。
斯う云う心持も、或は、自分に独立的な実力がないからとも思う。私が月百円をとるものと仮定する。私が或負担をして、もっと広い家を持ち、Aの邪魔をする気兼ねなしに友達とも会え、音楽も出来るようにすると考える。Aは、それを共に悦ぶか。自分の仕たいことで自分で出来ることなら、何でも仕たらいいでしょう。始めから自由なのだから、と云う。あるこだわりが出来る。結局、私は、やはり同じ不愉、生活を、急処でピンされて居ることを感じる。
自分が真に、自分の意慾で生活しないなら、独立的実力を示せ。そして、Aから離れよ。どうも此ほか、生きる道はなく思う。
どうでもいいと思ってこわれるのではなく(少くとも自分の心持は)どうにかして、二人で生きて行くことを悦びあらしめたいと希い乍ら、一致し得ず、一方から云えば真心も通ぜず、争いの形をとって、別れることは、自分に実に悲しい。
Aは、若し自分の裡にある、宿根草のような狭い自分勝手さ、自己中心を反省する自覚がなければ、一生孤独で終るだろう。