Classiques japonais avec furigana
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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Lisez 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 178 609 caractères · 362 écrans
何時も、部屋は三筋町なので、大川端から新堀を一本道に帰るのだが、親方の言伝を頼まれて、本所の同職の家へ廻り、少し遅くなって、葉柳の闇が狭く水をつつんでいる割下水の辺まで来ると、――
「もし……」
と低い声で、誰か呼んだ。
白粉の濃い女である。
白い手が、柳の蔭で、招いていた。
左次郎はオドオドしながら、ちょうど、人通りがないので、後へ戻った。この辺に、夜鷹が出るということや、夜鷹の相場や、夜の女の様々の戯れ話は、いつも部屋の者が話すのを聞かない振りをしつつ、ある好奇心が熱心に覚えさせていた。
「ね……」
夜鷹は鼠啼きをして、
「ね……ちょいと」
ニッと、淫らな笑みを向けた。
年増らしいが、痩ぎすで、飢えと好奇の目には、あざやかに美い女――
左次郎は、砂利を担いでいるよりも、ひどい動悸をさせながら、
「い、いくら? ……」
と、乾いた声で、女の方へ吸いつけられて行ったが、何かの途端に、
「あっ!」
と言うと、すべての意識を押っぽり出して、一目散に逃げてしまった。
役人でも来たのかと、巻ぞえを食って驚いた夜鷹も、それと共に手拭を咥えながら、ウロウロと近くの路地へ駈け込んだ。