Classiques japonais avec furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lisez 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) de Mori Ōgai (森 鴎外) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 166 525 caractères · 334 écrans
能くこれを致すものは即ち「矩之道」である。韓退之は「其責己也重以周、其待人也軽以約」といった。人と交るには、その長を取って、その短を咎めぬが好い。「無求備於一人」といい、「及其使人也器之」というは即ちこれである。これを推し広めて言えば、『老子』の「治大国、若烹小鮮」という意に帰著する。「大道廃有仁義」といい、「聖人不死、大盗不止」というのも、その反面を指して言ったのである。己も往事を顧れば、動もすれば矩の道において闕くる所があった。妻岡西氏徳を疎んじたなどもこれがためである。幸に父に匡救せられて悔い改むることを得た。平井東堂は学あり識ある傑物である。然るにその父は用人たることを得て、己は用人たることを得ない。己はその何故なるを知らぬが、修養の足らざるのもまた一因をなしているだろう。比良野助太郎は才に短であるが、人はかえってこれに服する。賦性が自ら※(「禊のつくり」の「大」に代えて「糸」、第3水準1-90-4)矩の道にっているのであるといった。
抽斎はまたいった。『孟子』の好処は尽心の章にある。「君子有三楽、而王天下、不与存焉、父母倶存、兄弟無故、一楽也、仰不愧於天、俯不於人、二楽也、得天下英才、而教育之、三楽也」