Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lisez 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) de Mori Ōgai (森 鴎外) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 166 525 caractères · 334 écrans
その百一
保らは浜松から東京に来た時、二人の同行者があった。一人は山田要蔵、一人は中西常武である。
山田は遠江国敷智郡都築の人である。父を喜平といって、畳問屋である。その三男要蔵は元治元年生の青年で、渋江の家から浜松中学校に通い、卒業して東京に来たのである。時に年十六であった。中西は伊勢国度会郡山田岩淵町の人中西用亮の弟である。愛知師範学校に学んで卒業し、浜松中学校の教員になっていた。これは職を罷めて東京に来た時二十七、八歳であった。山田も中西も、保と同じく慶応義塾に入らんと欲して、共に入京したのである。
その百一
保は東京に著いた翌日、十一月四日に慶応義塾に往って、本科第三等に編入せられた。
同行者の山田は、保と同じく本科に、中西は別科に入った。後山田は明治十四年に優等を以て卒業して、一時義塾の教員となり、既にして伊東氏を冒し、衆議院議員に選ばれ、今は某銀行、某会社の重役をしている。中西は別科を修めた後に郷に帰った。
保は慶応義塾の生徒となってから三日目に、万来舎において福沢諭吉を見た。万来舎は義塾に附属したクラブ様のもので、福沢は毎日午後に来て文明論を講じていた。