Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lisez 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) de Mori Ōgai (森 鴎外) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 166 525 caractères · 334 écrans
その二十一
十六歳の時、近村の里正今泉氏の壻になって、妻に嫌われ、翌年江戸に奔った。しかし誰にたよろうというあてもないので、うろうろしているのを、日蓮宗の僧日明が見附けて、本所番場町の妙源寺へ連れて帰って、数月間留めて置いた。そして世話をして佐藤一斎の家の学僕にした。妙源寺は今艮斎の墓碑の立っている寺である。それから二十一歳にして林述斎の門に入った。駿河台に住んで塾を開いたのは二十四歳の時である。そうして見ると、抽斎の生れた文化二年は艮斎が江戸に入る前年で、十六歳であった。これは艮斎が万延元年十一月二十二日に、七十一歳で歿したものとして推算したのである。
小島成斎名は知足、字は子節、初め静斎と号した。通称は五一である。※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎の門下で善書を以て聞えた。海保漁村の墓表に文久二年十月十八日に、六十七歳で歿したとしてあるから、抽斎の生れた文化二年には甫めて十歳である。父親蔵が福山侯阿部備中守正精に仕えていたので、成斎も江戸の藩邸に住んでいた。
その二十一
岡本况斎、名は保孝、通称は初め勘右衛門、後縫殿助であった。拙誠堂の別号がある。