Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lisez 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) de Mori Ōgai (森 鴎外) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 166 525 caractères · 334 écrans
その二十四
間もなく本郷森川宿のお七の家は天和二年十二月二十八日の火事に類焼した。お七は避難の間に情人と相識になって、翌年の春家に帰った後、再び情人と相見ようとして放火したのだそうである。お七は天和三年三月二十九日に、十六歳で刑せられた。島は記念のふくさを愛蔵して、真志屋へ持って来た。そして祐天上人から受けた名号をそれに裹んでいた。五郎作は新にふくさの由来を白絹に書いて縫い附けさせたので、山崎に持って来て見せたのである。
五郎作と相似て、抽斎より長ずること僅に六歳であった好劇家は、石塚重兵衛である。寛政十一年の生で、抽斎の生れた文化二年には七歳になっていた。歿したのは文久元年十二月十五日で、年を享くること六十三であった。
その二十四
石塚重兵衛の祖先は相模国鎌倉の人である。天明中に重兵衛の曾祖父が江戸へ来て、下谷豊住町に住んだ。世粉商をしているので、芥子屋と人に呼ばれた。真の屋号は鎌倉屋である。
重兵衛も自ら庭に降り立って、芥子の臼を踏むことがあった。そこで豊住町の芥子屋という意で、自ら豊芥子と署した。そしてこれを以て世に行われた。その豊亭と号するのも、豊住町に取ったのである。