Classiques japonais avec furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lisez 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) de Mori Ōgai (森 鴎外) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 166 525 caractères · 334 écrans
その九十四
この地面の授受は浅越玄隆が五百の委託によって処理した。
五百が弘前を去る時、村田広太郎の許から帰った水木を伴わなくてはならぬことは勿論であった。その外陸もまた夫矢川文一郎と倶に五百に附いて東京へ往くことになった。
文一郎は弘前を発する前に、津軽家の用達商人工藤忠五郎蕃寛の次男蕃徳を養子にして弘前に遺した。蕃寛には二子二女があった。長男可次は森甚平の士籍、また次男蕃徳は文一郎の士籍を譲り受けた。長女お連さんは蕃寛の後を継いで、現に弘前の下白銀町に矢川写真館を開いている。次女おみきさんは岩川氏友弥さんを壻に取って、本町一丁目角にエム矢川写真所を開いている。蕃徳は郵便技手になって、明治三十七年十月二十八日に歿し、養子文平さんがその後を襲いだ。
その九十四
五百は五月二十日に東京に着いた。そして矢川文一郎、陸の夫妻並に村田氏から帰った水木の三人と倶に、本所横網町の鈴木方に行李を卸した。弘前からの同行者は武田代次郎というものであった。代次郎は勘定奉行武田準左衛門の孫である。準左衛門は天保四年十二月二十日に斬罪に処せられた。津軽信順の下で笠原近江が政を擅にした時の事である。