Classiques japonais avec furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lisez 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) de Mori Ōgai (森 鴎外) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 166 525 caractères · 334 écrans
それには一家を構えて、責を負って事に当らなくてはならない」といった。既にして二、三のこれに同意を表するものも出来たので、五百は危みつつこの議を納れたのである。比良野貞固は初め昌庵に反対していたが、五百が意を決したので、復争わなくなった。
優善の移った緑町の家は、渾名を鳩医者と呼ばれた町医佐久間某の故宅である。優善は妻鉄を家に迎え取り、下女一人を雇って三人暮しになった。
鉄は優善の養父矢島玄碩の二女である。玄碩、名を優といった。本抽斎の優善に命じた名は允善であったのを、矢島氏を冒すに及んで、養父の優字を襲用したのである。玄碩の初の妻某氏には子がなかった。後妻寿美は亀高村喜左衛門というものの妹で、仮親は上総国一宮の城主加納遠江守久徴の医官原芸庵である。寿美が二女を生んだ。長を環といい、次を鉄という。嘉永四年正月二十三日に寿美が死し、五月二十四日に九歳の環が死し、六月十六日に玄碩が死し、跡には僅に六歳の鉄が遺った。
優善はこの時矢島氏に入って末期養子となったのである。そしてその媒介者は中丸昌庵であった。
中丸は当時その師抽斎に説くに、頗る多言を費し、矢島氏の祀を絶つに忍びぬというを以て、抽斎の情誼に愬えた。