Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lisez 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) de Mori Ōgai (森 鴎外) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 166 525 caractères · 334 écrans
抽斎は安政五年に五十四歳で亡くなったから、保さんはその時まだ二歳であった。幸に母五百は明治十七年までながらえていて、保さんは二十八歳で恃を喪ったのだから、二十六年の久しい間、慈母の口から先考の平生を聞くことを得たのである。
抽斎は保さんを学医にしようと思っていたと見える。亡くなる前にした遺言によれば、経を海保漁村に、医を多紀安琢に、書を小島成斎に学ばせるようにいってある。それから洋学については、折を見て蘭語を教えるが好いといってある。抽斎は友人多紀庭などと同じように、頗るオランダ嫌いであった。学殖の深かった抽斎が、新奇を趁う世俗と趨舎を同じくしなかったのは無理もない。劇を好んで俳優を品評した中に市川小団次の芸を「西洋」だといってある。これは褒めたのではない。然るにその抽斎が晩年に至って、洋学の必要を感じて、子に蘭語を教えることを遺言したのは、安積艮斎にその著述の写本を借りて読んだ時、翻然として悟ったからだそうである。想うにその著述というのは『洋外紀略』などであっただろう。保さんは後に蘭語を学ばずに英語を学ぶことになったが、それは時代の変遷のためである。