Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lisez 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) de Mori Ōgai (森 鴎外) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 166 525 caractères · 334 écrans
といった。
「贅沢をお言いでない。鰻はこの土地でも高かろう」といって、五百は止めようとした。
「まあ、聞いて見ましょう」といって、保は出て行った。価を問えば、一銭に五串であった。当時浜松辺で暮しの立ちやすかったことは、これに由って想見することが出来る。
保は初め文部省の辞令を持って県庁に往った。浜松県の官吏は過半旧幕人で、薩長政府の文部省に対する反感があって、学務課長大江孝文の如きも、頗る保を冷遇した。しかし良久しく話しているうちに、保が津軽人だと聞いて、少しく面を和げた。大江の母は津軽家の用人栂野求馬の妹であった。後大江は県令林厚徳に稟して、師範学校を設けることにして、保を教頭に任用した。学校の落成したのは六月である。
数月の後、保は高町の坂下、紺屋町西端の雑貨商江州屋速見平吉の離座敷を借りて遷った。この江州屋も今なお存しているそうである。
矢島優はこの年十月十八日に工部少属を罷めて、新聞記者になり、『魁新聞』、『真砂新聞』等のために、主として演劇欄に筆を執った。『魁新聞』には山田脩が倶に入社し、『真砂新聞』には森枳園が共に加盟した。枳園は文部省の官吏として、医学校、工学寮等に通勤しつつ、旁ら新聞社に寄稿したのである。