후리가나로 읽는 일본 고전
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はいくへのみち
俳句への道
高浜 虚子
高浜 虚子의 俳句への道(はいくへのみち)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 60,608자 · 120화면
詩は大方叙情詩である。俳句も叙情詩であることはいうまでもない。ただ花鳥を諷詠する叙情詩である。花鳥を除外したならば其処にはもはや俳句というものはない。一方から言えば俳句は花鳥に束縛されているといえるが、また一方からいえば、俳句は花鳥あることによって、存在するのである。狭い窮屈な詩であるともいえるが、また特殊な稀有な詩とも言えるのである。即ち花鳥諷詠に限られた詩であるということは俳句の短所でもあれば長所でもある。一言にしていえば花鳥諷詠は俳句の面目である。私は、俳句は花鳥諷詠詩であると言った事に誇りを持つ。
こういうことは繰り返し巻き返し陳べ来ったことである。
その後、新傾向論は影をひそめて二、三十年間は先ず何事もなかった。それがこの頃になってまた反花鳥諷詠論を為す人々が出て来た。その中には強いて理論を好む人もあり、定義の争いだというべきものもあり、それらは俳句本来の性質たる花鳥を無視し定型を破壊するというまでには至らないと思うが、頃日漸く季題に重きを置かない説も見えて来た。また実際の俳句について見ると、季題はただ申訳だけに句の中に入れてあるという類が多くって、それは季題を省いても一向に差支えがない、ただ従来の俳句の型を守るがためにやむをえず季題を入れた、という類の句が散見されるようになって来た。