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やまうらきよまろ
山浦清麿
吉川 英治
「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,573 字 · 91 页
恋砧
一
と、金子重輔は、すたすた去ってしまった。
恋砧
一
父のない後は、長男が家の柱だった。
母でも、老いての後は、家長の彼に、気がねをした。どんな事でも、彼が頷かなければ、決めなかった。
だから、半農半武士の郷士に過ぎない、ここの小さな家族制度でも、一国に喩えれば、長男のことばは、主君のことばみたいであった。
足利以前から、この信濃の山間、小諸在の赤岩村に、十何代も続いて来ている旧家の――逞しい梁や、黒光りな柱などと共に、――それは今でも厳として、失われていない山浦家の家風なのであった。
『真雄や、ことしは、雪菜がよう漬かったぞよ』
ひろい鍛冶土間の片隅に、六畳ほど休み場がある。
母のお菅は、茶盆をそこへ置いて、鞴に向っている長男の真雄へ云った。
『すこし休まぬかの。茶を入れて来ましたがな』
真雄は、刀の地鉄にする、玉鋼を熔かす仕事に、顔まで、炎にしているので、
『後で』
と、云った儘、母の方も見なかった。
お菅は、すこし耳が遠かった。もう茶を注して、
『今の、去年の漬込みを、一樽開けてみたところ、よい色に漬かっているわの。じゃが、其方が箸をつけぬうちは、誰にも、喰べさす事ができぬによって、一箸、喰べてみておくれ。