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やまうらきよまろ
山浦清麿
吉川 英治
「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,573 字 · 91 页
三
――そうしなけれやあ、済まねえお人が、柘植様、おふくろ様、兄貴、それから……それから未だ……幾人となくこの世にいるんだ』
『だから、わたしを、捨てるんですか』
『――と、大概、極めつけて来るだろうと思ったから、何もいわずに、行こうと思ったが、酔いつぶれの仮面をかぶって、一言、礼に来ただけでも、可憐しいと思ってくれ』
『嫌です。何が、そ、そんな口が、可憐しいものか』
『堪忍しろ! お寿々』
とんと、女の胸を突いて、内蔵吉は格子の外へ、すばやく姿を消してしまった。
お寿々は、甲だかい声をあげて、往来まで走ったが、すぐ人目を思って、裸足で泣く泣く帰って来た。
その翌日、彼女の家は、戸が閉まっていた。家財も、前の晩に、こっそり道具屋の手に移されて――。
三
あの後は、恩人柘植嘉兵衛も、さだめし辛い立場にあったろう。
或は、藩の中で、軽輩の身では、自分以上の、苦境だったかもわからない。家老の矢沢監物が後援する直胤一門の圧迫もあったろう事は、想像に難くない。
(その恩人へ!)
と、思うと、内蔵吉は、済まない――と胸で掌を合せたぐらいでは居られなかった。
湯町の長脇差などと、酔い歩いている醜い姿を、その人に見せた儘、振向きもせず、つい逃げてしまったが――それでいいだろうか。