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やまうらきよまろ

山浦清麿

吉川 英治

「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,573 字 · 91 页

青空文庫

夜業の鎚を投げ出して、真雄は、そっと闇へ抜けて行った。

そして、彼女が、やがて悄々と、家路の方へ帰るのを、見届けると、ほっと胸を撫でて、

『馬鹿め! 血の気が多すぎる!』

やり場のない怒りを、彼は、星へ向って罵ったりした。そうかと思うと又、

『――弟よっ。帰って来いっ。ここは山家だ。こんな平和なとこが何処にある。――世間にかまわず、帰って来いっ。母が丈夫でいるうちに、帰って来てくれ。ようっ、弟っ……』

争闘の世間へ、人中へ、とうとうと絶えまなく奔ってゆく千曲川の激流に声を託して、家の前の断崖から、独りでこう、おろおろと、叫んでいる夜もあった。

秋になると――ぱったり、お咲のすがたも、児の泣き声も、しなくなった。

『もしや、煩病っているのじゃないか。ひょっとして、首でも縊って?』

と、そんな不吉まで、案じられて、或る夜、真雄はそっと、環の去った養家の垣の外に潜んでみた。

もう寝しずまった夜更けであったが、月の白い縁先に、お咲は、砧を打っていた。

打っている衣は、嬰児の冬着らしかった。

恋妻は、やがてよき母となってゆく。――だのに、環は、どこにいるのか。