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やまうらきよまろ
山浦清麿
吉川 英治
「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,573 字 · 91 页
『お寿々』
清麿はぺたっと、側へ坐った。
『お、お前とは、知らなかった。……お、お寿々……』
霜に俯っ伏した朱まみれた顔は、もう応えがないのだった。
よろよろと、立つと、彼方の闇に、凍ったように恟んでいたお次は、
『お師匠様ッ……』
と、彼の胸へ、駈け寄るなり、縋りついて、わっと泣いた。
『き、き、来ました。……とうとう、おわかれの日が』
『捕手か!』
きっと、振向くと、垣根越しに、裏隣りの寺の寺内を、チラチラと駈ける提灯の光りが、透いてみえる。
近所の屋根の上にも。そして、物の気配にも。ぎゅっと、肌を緊めてくるような一瞬が、体じゅうをそそけさせた。
笠だの、合羽だの、草鞋だの、鼻紙だの、一纒めひっ抱えて、清人も、家の中から飛び出して来た。
今夜に限って、彼は、泣きもしないし、うろうろもしていなかった。
『師匠っ、はやく、この合羽を被って、草鞋を穿いて――。あ、あたしの田舎へ、逃げましょう。お次さんも連れて』
『清人か』
『そ、そうです』
『それはおめえの旅仕度にしてくれ。……ああ、長い間、苦労ばかりさせて、済まなかったなあ』
『そ、そんな事。……さ、お次さんも、泣いている場合じゃねえぞ。