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かげおとこ
影男
江戸川 乱歩
「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页
工場をいくつも持っていたし、戦後起こした金融会社で巨利をむさぼっていた。その余力で代議士に当選し、不良政治家の見本のような世渡りをしていた。
やせ型の男がニヤリとしたのは、これでまた相当の資金が手にはいるわいと考えたからである。こののぞき見のために、かれは三十万円を使ったが、少なくともその十倍近くにはなる勘定であった。
では、このやせ型の男は、憎むべきゆすりの常習犯であったのか。ある意味ではそうであった。しかし、かれの立場は世の常の犯罪者とは少しく異なっていた。
このやせ男は速水荘吉、あるいは綿貫清二、あるいは鮎沢賢一郎、あるいは殿村啓介、あるいは宮野緑郎、あるいは、あるいは……と、無数の名を持っていた。そのうちの一つの名では小説家でさえもあった。佐川春泥という犯罪小説家は、その世の常ならぬ奇怪な題材によって、二、三年まえから読み物界でひっぱりだこの流行児になっていた。このような怪奇異風の小説は、いかなる人物が書いているのか、佐川春泥とはそもそも何者なのか、編集者も、読者も、その秘密に異常な魅力を感じて、かれの作品の実質以上の人気となった。
無数の名を持つこの男、――かりに速水荘吉と呼んでおこうか――その速水は、佐川春泥の正体を絶対に知られない用心をした。