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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

そこは普通のホテルの客間で、寝室と居間とを兼ねた五坪ほどの狭いへやであった。一方の壁に押し入れのように造りつけた洋服戸だながあって、かれが忍びこんだのは、そのからっぽの洋服戸だなであった。

戸だなの中はパッと目もくらむほど明るく、ギラギラした異様の光線にあふれていた。そこの正面の壁に三尺四方もある一枚ガラスのショーウインドーみたいな窓がひらいていたからである。

なんとも不思議千万な押し入れだが、これはやせ型の男が、太っちょの支配人に十万円のわいろを与えたうえ、経費二十万円を支出して、ひそかに工事をさせたショーウインドーであった。警察で被疑者の言動をのぞき見するためにくふうされた、表面は鏡で、裏側から見れば普通のガラスのように透き通っているという、あの仕掛けなのである。

この工事の壁をくり抜く仕事は、幾人もの別々の職人に一部分ずつやらせて、ガラスの取り替えは、ガラス工場から届けられた仕掛けガラスを、深夜ひそかに支配人みずからはめこみ、慣れぬコテを使って、周囲にモルタルを塗ったのである。のぞき見の必要がないときは、もとどおりちゃんと板をはめて、それと見分けられぬようにできていた。