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かげおとこ
影男
江戸川 乱歩
「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页
そのなかに、かわいらしい子がひとりいた。
もう家がなくなってしまった。両側は畑ばかりであった。大きな原っぱがあったので、そのほうへ曲がっていった。白い土の道であった。さち子は知らなかったが、そこはある大きな土地会社の分譲地であった。まだ地盛りもできていなかったけれど、土地会社の所有地という柱が立っていた。どこにも家はなく、人もいなかった。遠くこんもりした森がいくつもちらばっていた。空は青々として、やわらかい日ざしが地面をあたため、ユラユラとかげろうが立っていた。むこうの草が、湯気を通して見るように、ゆらいでいるのが不思議だった。
さち子はだんだん夢見ごこちになっていった。自分の掘っ立て小屋から遠く遠く離れてしまって、もう帰るにも帰られないという考えが、彼女の小さい胸をからっぽにして、フワッとからだが軽くなるような、これまでまったく経験したことのない一種異様の情感がわいてきた。この二、三年、一度も泣かなかったさち子の目に、涙がふくれあがって、それがほおを伝って、とめどもなくポロポロとこぼれ落ちた。
どこか遠いところから、ブーンというアブの羽音のようなものが聞こえてきた。