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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

だが之だけではまだ笑いの充分な条件にはならぬ。もう一つ必要な条件は、よく云われる通り、大きいものが直接的に小さなものになるという意識の内にあるのである。例えばダイナマイトの爆発は壮大であるが、風船の破裂は滑稽だろう(そこにアブサーディティー又はナンセンスがあるのである)。子供が大人の真似をするのが可笑しいのは大人がそこに小児化されて現われるからである。猫や犬の滑稽さは、それが偉大なるべき人類に意外にも似ているからである、等々。大きく見えるものがその本質に於て小さかったという意識がこの場合の条件だと云って好い(その逆は感心や驚嘆にしかならぬ)。この大小の(一方向きの)対比は併し、単に量的で静止した比例関係を意味するだけではなくて質的な意味に於て、膨大な複雑な外見から要約された単純な本質を暴露する、という動きを意味している、今その点を注意しなければならぬ。暴露のこの作用、批判作用こそは笑いの最も大事な条件なのである。ユーモアやアイロニーも皆こうした――カルキュレーション(計画)の上に立って対比を試みる処の――暴露性・批判性の故に笑いを誘うわけである。