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やぎゅうつきかげしょう

柳生月影抄 名作短編集(二)

吉川 英治

吉川英治『柳生月影抄 名作短編集(二)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:柳生月影抄、下頭橋由来、脚、べんがら炬燵、大谷刑部、鬼、春の雁、旗岡巡査、茶漬三略。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 173,309 字 · 352 页

青空文庫

黒い嬌歯

「お座敷かえ」

「え、めずらしく。……この頃あ昼間のお客でもなければ、招ばれもしなくなったとみえてね」

「また、自暴にお飲みでないよ」

秀八という名を、清吉はそこで記憶した。やがて、おかみさんに励まされたり、軽口を交わしたりして出て行ったうしろ姿を、清吉は、唾をのんでいるように、黙って見ていた。

「いい芸者衆ですね。あれで、売れないんですか」

その後で、こう話を出すと、

「どうして、この辰巳でも、あんなに売れた妓はなかった程だけれど、ちょっと、おかしな事が、ぱっと聞えたものだからさ」

「ヘエ、どうした理なんで?」

「何がさ」

「そんなに流行っていた妓なのに、急に客が落ちたというのは」

「よけいな詮索をおしでないよ。おまえさんは、長崎骨董でも弄っていればいいのだろ」

相手にもしてくれないのである。若いおかみさんは、さっさと立って裏の川を覗きながら、今度はそこで晩の支度をしている抱え船頭と、明るい声で何か冗戯を云っていた。

黒い嬌歯

品物はあらかた捌けた。

いつもならば、路銀だけを懐中に残し、後の金は悉皆、長崎表へ為替に組んで、身軽になって江戸を立つ頃であったが、清吉は、五月になっても、まだ深川に日を暮していた。