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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
林は大谷石の柱の影になった薄暗い椅子に真名古を導きながら、
「お忙しいところをお呼びとめして済まなかったが、ちょっと、その」
真名古は静かに椅子に掛けて林の顔を注視する。林はへどもどして、
「時に、あの日比谷の騒ぎはなんですかい。噴水の鶴が鳴くとか鳴かんとか莫迦莫迦しいことをいっておるが」
真名古は例によって陰気な声で、
「あれは犯罪です」
林は笑い出し、
「あんたの眼から見たら森羅万象ことごとく犯罪に見えるのでしょう」
「左様、あなた方には見えぬ陰微の犯罪も私にはアリアリと映じるのです。私に御用とおっしゃったのはその事でしたか」
林は血色のいい頬をツルリと掌で撫で、
「真名古さん、あんたはこれから皇帝に逢いに行かれるんでしょう。あんたをお呼び止めしたのは、実はその前に折入って御相談したいことがあって」
といって急に声を低め、
「それはそうと、有明荘の連中をもう帰して大丈夫なのかね」
「それは何の話です」
林はムッとしたようすで、
「今朝の五時から内務大臣官邸へ、外相と局長と総監の四人が集まって苦吟した末、兎も角情況を整備するまで有明荘の住人六人を家に帰さぬ事にし、待合から引きあげて明石署へ留置したことは儂も局長から聞いて知っとるんだから、儂にまでそんな態度をとる必要はないさ」