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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

四十、死体批評会の事 並に紅唇の紋章の事

場面一転いたしまして、ここは警視庁の屍体置場。たいして感じのいい場所ではない。冷湿な混凝土で囲まれた、五十畳ばかりのガランとした部屋で、天井は穹窿形をして低く垂れ下り、そこから裸の電球が妙に冷酷な光を投げかけている。部屋の中には異様な臭気が密々と立ちこめ、隅々はどんよりと暗いので、この地下室全体がまるで墓塋でもあるような陰惨な印象を与える。

土間の中央には白木の台があって、その上に、黒漆のタキシードを纒った瀟洒たる一紳士が、さながら酔後の仮睡でも楽しむようにほのぼのと横たわっている。つい今まで、寒々しい新月の光に照らされていた時計台上の首吊人の屍体なのである。

それを取囲んで、それぞれ大礼服や燕尾服を着た六七人の顕官が、いずれも眉をひそめ腕を組み、沈痛極まる面持でその顔をのぞき込んでいる。陰気極まるこの地下の屍体置場に、このようにも美々しい人物が立並んでいるのは、見る眼にもはなはだ異様であって、この場の風趣に一層の凄味を添えるのである。

この紳士は多分別な場所で絞殺され、そののちに時計台へ吊り下げられたものであろう。死体を運搬する途中、瓦礫の上を手荒に引摺り廻されたものと見え、顔面はすっかり赤肌になり、人相が識別出来ぬほどに破壊されているのである。