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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
三十、一輪の洋瞿麦の事 並に呑気なる鼻唄の事
突然、ガラリと間の襖が開いて、誰もいない筈の隣りの三畳から、ヌッと幸田節三が入って来た。いや幸田節三だけではない。例の幸田節三の相棒の酒月守、印東忠介、東京貴石倶楽部の松沢平吉、その他もう一人、黒サージの服を着て折鞄を抱えた執達吏体の男と、以上五人が次々に入って来ると、山木と踏絵を真ン中に押し包むようにして物もいわずに坐り込む。三畳はたちまち満員鰭詰となった。
三十、一輪の洋瞿麦の事
並に呑気なる鼻唄の事
さて夕陽新聞記者古市加十は、安南皇帝附き諜報部長宋秀陳から、今朝噴水の鶴が安南の国歌を唄ったという取とめない一話をきくと、卒然としてこの錯雑紛糾した事件の真相を洞察てしまった。どんな事があっても暗殺者の手から救い出し、今まさに帰京の途中にある仏国大使が伺候する明朝四時までにホテルに帰して置かねばならぬと、警視庁の全機構が眼も当てられぬ錯乱状態で捜査追究に力めているその当の安南皇帝は、つい警視庁の鼻の先、ところもあろうに日比谷公園の「噴水の鶴」の台座の下にいられると看破した。ああ、燈台下暗らしとはこのことだと、例によって卑俗極まる感慨を催しながら、及ぶ限りの才覚を非常招集してさまざまに考究したが、見受けるところ台座の方からは入って行けぬのだから、それはどうしたって何かの通路によってその下に到達された