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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

二十七、道路工事の事 並に伏樋の迷路の事

さて、日比谷公園は、前回に引き続いてまだ夜である。

池の岸のアーク灯が煌々と冴え返り、青銅の鶴は夜目にも白い幽玄な水の穂をキラキラと夜空に噴き上げる。それを見おろす岸の高みに、夕陽新聞記者古市加十と安南国諜報部長宋秀陳が佇んでいることも前回と同じくである。ただ前回と違うところは、古市加十が腑抜けのようになってベンチにうずくまり、だらしなく口を開けて噴水の鶴を瞶めていることだけである。

加十は秀陳から、今朝噴水の鶴が朗々と「安南の国歌」を朗誦したと聞くと、たちまち雷にでも打たれたようになって、ベンチの上へ腰をぬかしたまま、かれこれもう三十分以上もこんなふうにしている。一体、何がそれほど皇帝を驚かしたか知らないが、あまりに様子が妙なので秀陳も迂濶に御言葉を掛ける事が出来ない。ひたすら謙譲の意を示すため、皇帝のひそみにならって、これもああんと口を開いて鶴の方を眺めている。こんなあんばいで時間が経つ。近くの時報が八時を打った。

加十は急に身動きすると、

「ああ」

と欠伸をするような声を出す。

欠伸どころの騒ぎじゃないんだ。今加十の頭の中は疾風怒濤時代の真っ只中にいる。