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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
第二回
四、安南王の早業の事 並に証拠歴然の事
加十が肩を掴んで揺すぶって見ると、ぐにゃぐにゃするばかりでいっこうに手応えがない。クワッと見開いた眼玉の上に有明の月の影。すぐ傍らに家が一軒あるのだが、何しろ加十は狼狽しているものだからそれが眼に入らない。いきなり肩へ鶴子を引っ担ぐと一切夢中の態で小径を登って行く。
つい今し方まであんなにも陽気にはしゃいでいた松谷鶴子は、もう呼吸もせずに加十の肩の上でぐったりしている。それにしても加十が崖下まで下りて来る五、六分の間に、あの朽葉色の部屋では一体何が起ったというのであろう。
第二回
四、安南王の早業の事
並に証拠歴然の事
古市加十という夕陽新聞の雑誌記者が、大晦日の夜、銀座裏で異相の怪人物、実は御微行中の安南の国王、宗皇帝に逢遇し、手を携えて各所を酔遊してしたたか酩酊した末、勧誘されるままに赤坂山王台なるアパート有明荘に赴き、皇帝の愛人松谷阿鶴と三人で夜食を喰べ、午前四時ごろ其処を辞去してアパートの崖下の空地までやって来ると、突如高からぬ加十の鼻の先を掠めて落下して来たのは、風呂敷包みでもあるかと思いの外、今別れて来たばかりの松谷鶴子だった。前回はそれによって仰天した古市が、前後の思慮もなく鶴子を抱上げるといま来た道を引返す、というところで終りになっている。