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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
に対して何か乱暴な企てでもありはせぬかと心の休まる暇もなかった。こういう際その皇帝がはなはだ困ったことをやってくれた。酔余、愛妾の松谷鶴子を窓から投げ落して殺害したのである。もしこれが公表されると、かねて親日派の宗皇帝を廃位して、親仏派の皇甥を登極せしめようとしている仏国印度支那政庁に都合のいい口実を与え、新帝が登極した結果は当然自分の採掘権が取消され、競争者たる日興に奪われる羽目になるので、しきりにヤキモキして政府の意向を覗っていると、どうやらこの事件は内秘する方針だと判ったので、ようやく安堵の胸を撫でおろし、御機嫌奉伺のため帝国ホテルに車を走らせる途中、日ごろ剛直を以てきこえる真名古捜査課長に出逢った。そこで、なるべくならば皇帝を訊問する条も省略してもらうつもりで、真名古をホテルのロビイへ招じ入れ、つくづくと懇談したが、その際林はいわんでもいいことをヒョイと口走ったのである。
真名古警視の剛直ぶりというのは実に容易ならぬ底のもので、不義不正を憎むこと父祖の仇敵を憎むよりはなはだしく、不条理に対しては一歩も譲らぬ風だから、こういう後始末をさせるにはだれが考えてもこれは適当な人物だとは思われない。