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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
悦子は不貞腐ったように体を揺すって立上り、
「おやおや、怖いこと。とめさん奥へおいで。内密話なんだとさ」
と畳障りも荒々しく襖を引開ける。とめは年始の挨拶もそこそこに、御免なさいましといってこれも奥へ。
幸田は膝をすすめ、
「おい、酒月、どうしてあの鶴が鳴いたと思う」
「そんなこと俺が知るもんか」
「あのブリキの鶴をどうひっぱたいて見たって歌どころか嚔一つする訳はねえ。こちとらはただ巡査がすッ飛んで来て解散させるのを今か今かと待ってたんだが、折も折、あの鶴が鳴いたってんだからなア、こんな稀有な話はない」
この会話によってお察しの如く、裏の事情を打ち明けると、「唄う鶴の噴水」などというのは初めから根もないことだったのである。ある朝酒月が宿酔ので咽喉を鳴らしながら噴水の傍を通りかかり、フト思いついた悪計だったのである。噴水の鶴が唄うのを聞いたという人々を克明に洗い立てて見れば、いうまでもない事だが、みなこの二人に繋がる連中ばかり。ただ気の毒なのはこんなインチキに一役買わされた兼清博士だが、勿論それは博士の罪ではない。こんな見え透いたからくりにウマウマ乗せられたという事が、却って世俗を超越した博士の清風を偲ばせるのである。