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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
のみならずそれを敢てすることは百害あって一利ないのだから、済むものなら浪風を立てずに済ましたいところである。こういう場合に検察の権化のような真名古に一役買わせることは何としてもミスキャストだから、警察当局が真名古を出し抜いて逸早く状況を整備してしまったのは一面無理もない処置だったのである。
一方真名古は、法律の原則は国家の遙か上に立つもので、政府の意嚮や方針で軽々しく左右されるべきでないという固苦しい意見を持っているのだから、先刻ホテルのロビイで林の口を通じて、この事件に対する政府の処置を知った時、限りない憤懣の念を感じた。つまり、日本政府の体面を保つことは、たとえそれが一国の皇帝であろうとも罪あるものを罪ありとすることで、徒らに法律の原則を枉げて他国の人間に忠義立てすることではない、というのである。
作者にすれば双方に理屈があるようで、どちらが正しいとはいい兼ねる。然し強いてこの事件の真相を摘発しようとすれば、真名古は警視庁の全機構を向うに廻して戦うほかはないのだが、真名古にそれだけの決心があるであろうか。われわれは今真名古の懐中に辞職願が収められていることを知っている。