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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
そこは浴室である。格別変ったようすもないので、また扉を開けて次の部屋に入る。そこは寝室兼居間である。奥の壁に寄せてディヴァンふうの大きなダブルベッドがあって、天鵞絨の寝台掛が屍体の重みで人間の身体の形に冷えびえと窪んでいる。窓際に丸い鏡のついた西洋臭い化粧台。その右に壁に嵌め込まれた大きな衣裳戸棚がある。真名古は化粧台の曳出しを一つ一つ引抜いて細かに内容を改める。ここには異常なものはない。真名古は衣裳戸棚の扉を引きあける。色々な色彩が五色の滝のように垂れ下っている。どれもこれも西洋寝巻か長襦袢である。上着もなければ外出着もない。その代り長襦袢だけは一々工風が凝らされてある。緋縮緬の、茶のデシンに黄色い花を刺繍しの、タフタの朱子の、色もかたちもさまざまである。花がいったことは嘘ではない。鶴子は戸外へも出ずにこうして色々な長襦袢を着て、毎日王様だけを待ちわびていたのである。鶴子がどんないじらしい日常を送っていたか、この衣裳戸棚がよく説明してくれるのである。下の曳出しを開けると男のチョッキが一つ入っている。それは薄緑の、上等な柔らかい生地のもので、一流の仕立屋が入念に作ったものだということが判る。