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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

れてあったのです」

「おお!」

「壁の上には洋服の背筋の縦の線と上衣の裾の横の一線が直角に交わりながら明瞭に印刻されておりました。……床から上衣の裾まで高さは〇・八六米。これに係数を掛け合わしてその者の身長を得ることは極めて容易であるばかりでなく、壁に写っていた服の背筋の歪みによって、この者は脊柱側彎の欠陥体質をもっていることも明瞭に判るのです」

「しかし、どういう根拠からそれが犯人の印刻だと断定するのかね? もしかすると皇帝が凭れた跡かも知れんじゃないか?」

「皇帝の靴型は一二・三〇。その者の靴型は一二・〇〇。勝手の床の上の靴跡によって、それが皇帝でないことが明瞭に判明するのです。……一体この壁はすでに二週間ほどまえから破損していたのですが、鶴子に急き立てられて、ようやく大晦日の午後十一時に塗り上げられたものです。通い婆のとめは午後十一時半まで勝手におり、午前四時半以後は溜池署の刑事が扉の外で立番をし、以後ずっと動かないのだから、これは午前一時から四時半までの間に捺されたもので、それ以前でもそれ以後でもありません。……今朝午前十一時半ごろ、私が現場調査にまいった際、その壁を指で圧して見ましたが、もはや指の跡さえつきませんでした。