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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
「なるほどそうだったのか」
山木はさすがに聞きとがめて、
「そうだったって、何が」
踏絵は何気ない体で、
「いやさ、気の毒なもんだというんだ」
とはぐらかす。何か曰くのありそうな態である。山木は気がつかずに言葉を続け、
「……そこで、犬居の方の話をもう一度蒸し返し、いよいよ受渡しは二日、つまり明日の夜の十時に熱海の熱海ホテルですることになった。金はニューヨークのナショナル・バンク、パリーのエスコート・ナショナル、ローマのローマ銀行、その他合計十六の銀行へ払い込み、赤線の小切手で全額を仕払うことになっていた。犬居の方からは手代の松島が来、王様の方では湯治と見せかけて八時の東京発で熱海へ行く。この取引がすむと、王様だけがすぐ熱海を発って神戸へ飛び、三日正午出帆のP・O汽船のサマリ号でペナンへ行き、そこから旅客機でイスタンブールへ亡命される手筈に決まった。……
さて次ぎの日、といったって昨夜の話だが、「巴里」の忘年会の席で、俺がトイレットへ立って行くと、王様が椰子の植木鉢の側で俺を待っていて、重大な頼み事があるから、午前三時五十分に鶴子の家の勝手口の扉の前まで来てくれという。