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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
天明五年九月十六日の夜、例の如く麻布六本木の附近から、当時廃止されていた青山上水の大伏樋へ入り、悠々と地下を漫歩して飯倉から芝新堀まで行き、黒田豊前守の下屋敷の庭先へ忽然と姿を現わしたところを、警衛の武士に発見されて捕われ、同年十月廿二日浅草で梟首になった。
明治四十四年に刊行された「東京市水道小誌」を見ると、明治四十年に岩崎久弥の千川水道会社の所有になった千川上水の旧伏樋だけは掘り起された事実が見えるが、他の大伏樋の迷路は、蜿蜒十数里にわたって今もなお大東京の地下を蜘蛛の巣のように這っているのである。大伏樋の事実は「上水樋仕様」の古地図と共にわれわれの記憶から失われ、そのような怪奇な大地下道が、アスファルトの砥道の下を縦横に走っていることを知るものはあまり多くはあるまい。「上水樋仕様」を見ると、大伏樋は高さ六尺、幅四尺五寸の、一種の地下溝渠で、周囲は大谷石で畳まれ、二町隔きに四間四方の溜井戸が設けられてある。今は四周の石壁は苔蒸し、半ばは風化して甚だしく脆質になっているが、なお自在にその内部を遊歩することが出来る。この秘密の暗道こそは、魔都「東京」