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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

「口真似をするには及びませんよ。僕がこの部屋を出てから君は一体何をしたのです」

「何もしませんね。あなたがさっき呼鈴を押すまで私はあれからずっとあの長椅子に坐っていたのです」

「成程ね」

「しかし鶴子は寝室から出て行きました。私はあなたを送って行ったとばかり思っていたのですが」

加十はこれを聞くと急に尊大な眼付で安南王の面を瞶め、

「いや、鶴子嬢は僕を送ってなど来ませんでしたぜ。僕が帰る時立上りさえしなかったじゃないか。おお、君は嘘を言っている。とすると、やはり君が」

と大体こんな具合に、加十は急に刑事になったような気で、大して益もないことを詰問するのだが、煩わしいからその細節は省くことにして、さて安南王はといえば加十の失敬な饒舌をさして気にかけるふうもなく、椅子の中で優雅に上身を反らせながら空のコップを弄んでいたが、ほどなくそれを食卓の上に差し置くと静かに立上って客間の方へ行き、長椅子の上に投げ出してあった外套を取上げると悠々と腕を通し始めた。加十は驚いて、

「おやおや、何をしようてえんです」

「帰る仕度をしているところです」

「余り奇抜なことを言うのは止せ。