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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

こんな小刀細工さえしなければ、よもや、あなたの仕業だとは思わなかったでしょう。……これじゃまるで、自分の名刺を置いて歩くようなもんだ。少なくとも私の眼にはそう見えるんです。……それにしても、こんなことで私の眼を晦まそうなんて、すこゥしとぼけ過ぎちゃいないですか。一体、これほどひとを馬鹿にする権利が人間にあるかどうか。え? 総監。……何しろ、重ね重ねなので、さすがの私も勘弁ならなくなりました」

と、いって、あたかも目ざす人間がそこにいるかのように、握り拳を空の方に突出した。

「もう容赦しませんぞ。あなたはすこし真名古をナメすぎるようだ。私は今まであなたが自発的に私のところへやって来るのを待っていたんだ。冷血非人情といわれる私だって、これぐらいの詩情は解するのです。……それを、私の謙譲をいいことにして、あくまでこんな態度に出られるというなら、もう断じて容赦しません。……ねえ、総監、あなたは案外な俗人だったですナ。あなたは負けたら尻尾を巻いて逃げだすという諧謔を解さないと見える」

という具合に、真名古としては破天荒ともいうべき激越な調子で長々と独白をつづけていたが、やがて、フッと我にかえったようにあたりを見廻すと、急にいつもの冷凉陰気な面にかえり、静かに梯子を降りると大股に日比谷署の建物の内部へ入って行った。