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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
時計台の避雷針の先に、花王石鹸の商標のような趣きのある月が、とぼけたようすで引ッかかっている。その根元のところから一個の人体が、一本のロープによってほの白い文字盤の上にブラリと懸垂し、空には風があるのか、右左に少しずつユラユラと揺れているのである。
その人体は夜目にもくろい上等のタキシードを身に纒い、贅沢なる漆塗の靴を穿き、胸の釦穴には色も婀娜なる一輪の花さえ※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)している。さながら、舞踏会からでもぬけ出して来たような雅致あるようすで、中空たかく宙ブラリンになったまま、風のまにまに、軽快なステップを踏んでいる。
ただそれだけなら、これはまた奇抜とでもいうよりほかはないのだが、仔細にうち見ようところ、なかなかそんな呑気なことではない。つまり、この高尚優美なタキシードの紳士は、銀座街角の時計台上において絞首の刑に処せられていたのだった。
眼は白いハンカチ様のもので眼隠しをされ、両手も両の足首も死刑執行の型通りにしっかりと括られ、淡い間接照明をバック・ライトにして、大きな文字盤一杯に、あたかも地獄の影絵のように黒々と浮き上っている。